さらむの四季感と感性

 1965年福井生まれ。高志高校から一浪後、早稲田大学入学・中退。20〜30代前半まで東京、兵庫、山口で国際交流・協力活動や女性の起業支援、地域活性化に携わる。その間、途上国、欧米を訪れ、世界の平和を願い、平和・環境・農業・教育・医療・文化交流プロジェクトに取り組む。離婚の末、娘、息子は東京で住んでおり、私は福井で一人暮らし。本センター代表者(理事長)として自然体験活動に取り組む日々。これが私が生きてきた略歴。
 そんな自分が今後やりたいのは、センターの活動に参加する子ども達、リーダーや協力者、地域との関わりあいを楽しみ、深める事。そして、自分なりの四季感と感性、考えを大切にしていく事。時々の思いや考えを綴っていく。



夜に舞う雪はロマンチック
(2004.2.29)

 春が近いことを予感させるように暖かい日もあれば、身が引き締まるほど寒い日もある。

  数日前のこと、まだ夜が明けぬ時間に目が覚め、何気なしに窓越しに外を見ると、夜の帳のなかで、白い雪がゆらゆらと舞っていた。

 舞う雪にしばらくは見惚れていた。 ふと、この雪が降り続くのかなと思った瞬間、「このまま降ると雪かきせんとあかん」と雪国の住人特有の思いに襲われた。

 心配は杞憂に終わったが、明け方から午前中にかけて降った雪は半日ほどは車のボンネットに残ったままだった。


"共に学ぶ" "共に生きる"ということを考える(Vol.1) 
(2004.3.7)

 本センターの名称に"共学"という言葉が入っている。過去数年の自然体験活動の中で考えてきたことであり、またそれ以前の私の活動のなかで考えてきたことを、理事や関係者の方々に相談し、名称の中に入れさせていただいた。

 "共に学ぶ""学びあう"という姿勢と意志、関わり合いを持つことが、世界で(国境や民族や言葉の違いを超えて)、日本で(地域や年代などを超えて)、仲間で(様々な個性や背景を超えて)、大切ではないだろうかと思う。

 人と人、と言う事で考えればそういうことであるが、人と自然、生態系の中での人ということで考えると、"自然から学ぶ""知識や体験から学んだことを生かし、自然や環境を守るために出来ることをやる""自然と共に生きる"ということが大切だろうと思う。

 "共に学ぶ""共に生きる"ということについて、私なりに考えること、感じることを整理していこうと思う。これが私の考えや感性を綴ることにもなるだろう。


"共に学ぶ" "共に生きる"ということを考える(Vol.2) 
〜私が南アフリカの黒人の子ども達から学んだこと〜
(2004.3.8)

 1996年の春、南アフリカ共和国(以下、南ア)の首都プレトリアを訪れた。アフリカというと砂漠をイメージするが、アフリカ大陸の南端に位置する同国は、想像する以上に緑が多い。郊外に出れば、果てしなく広大な原野が地平線まで続いている。

 アパルトヘイト(人種差別政策)が撤廃され、同国初の黒人大統領であるマンデラ氏がその職について間もないころだったと思う。それまで不十分であった黒人の子ども達への教育を向上させようと色々な努力がなされていた。新しい国作りを応援し、特に黒人の子ども達への教育支援をしようと、私は文具やピアノを寄贈したり、子ども文化交流に取り組んでいた。

 黒人居住区の小学校で文化交流コンサートを行った。日本側からは和太鼓やピアノを演奏・紹介した。一緒に訪れたジャズピアニスト河野康弘さんと南アのジャズグループのセッションが始まったところ、信じられない光景を目の当たりした。

 それは、観客席にいた子どもたちのうち200人位だろうか、皆舞台の上にあがってきて、一緒に踊りだしたのだ。あちこちで先生が制止しているにもかかわらず。企画責任者だった私は、最初はこの混乱をどう収拾させようかと考えたが、じきに愉快になり、私や他の日本側演奏者も一緒に子ども達と踊ったのだ。子ども達は実にリズム感がいい。そして、皆自由に、踊りたいように踊っている。河野さんも、驚きつつ、嬉しそうな表情で、演奏を楽しんでいた。

  翌日、その小学校で今度は子ども達が自由にピアノに触れ、演奏する時間をもった。とても楽しく、嬉しそうに、そして自由に鍵盤をはじく。どこの国でも、子ども達の屈託のない笑い顔は変わらずにいいものだと思った。また彼らの豊な感性に感嘆した。

  演奏の途中に舞台にあがることはよくないことかもしれない。そのことは子ども達も知っているはずだ。そのことより私にとって重要だったのは、南アの黒人の子ども達から私が学んだと思えることがあったことだ。それは「人間は自由であっていいんだ」「個性を大切にしよう」ということだ。

 その頃の私は、自分に自信が持てず、周りの目を気にし、失敗も恐れ、感動したり感情を揺さぶられることも少なくなっていた。自由と個性を重んじた上で責任も持ち、全体や他とも協調していく力が備わっていなかったのかもしれない。
 20歳になり大人になれば、誰でもそうした力が自動的に身につくのではない。本来であれば、大人になるために身につけていかなくてはならないことだ。それが社会で生きるための教育であり勉強ということだろうと思う。そう思うと、私自身恥ずかしいかぎりだが、今思えば南アでこうした出来事があったことを有難く思っている。

"共に学ぶ" "共に生きる"ということを考える(Vol.3) 
〜子ども同士で活動し、話し合い、生活した2週間〜
(2004.3.9)

 昨年の夏、福井県教育委員会主催事業「サマーチャレンジ教室」嶺南会場(主管;NPO法人グリーンウッド自然体験教育センター福井県事務所、メイン施設;福井県立三方青年の家)の運営を担当した。小学校4年生から中学校1年生までの40人の子ども達が2週間の長期宿泊体験を行い、湖、海、山などの様々な自然体験活動を行った。

 2週間ともなれば、いろいろなことが起こる。例えば、男子が料理の後片付けをしない、班での話し合いが進まない…など。共学センターのスタイルは、なるべく子どもの自主性を尊重したいので、そうした問題を皆で話し合う時間をもった。子ども達にとってはたまたまの組み合わせで設定された班が、活動の単位の一つの軸になっているのだが、子ども達同士でわりと話し合いが進む班、投げかければ進んでいく班、どうしても進まない班といろいろでてきた。ふざけた意見も結構でてくるが、一方で真面目な意見もでてくる。どうも小学校高学年や中学生の年代は、女子のほうが強いようだ。冷静でリーダーシップのある女子が話し合いをまとめたり、役割分担を割り振る班もあった。

 団体行動になじみにくい子が若干見られた。子ども達は最初のうちは、「集合の時にも遅れるし、皆でやる作業に入らない」とその子を非難していた。日がたっていくと、その子がふらりと班を離れていても、それをその子の個性と受け入れ始めた。やわらかくあたたかい空気が感じられるようになった。

 昨夏の天候は不安定だったが、海の活動期間の時がとても暑くなり、何人かが具合が悪くなったり、病院で診察を受けた。子ども達は疲れている仲間を気遣いはじめ、部屋や廊下で話す声を小さくしたり、ドアを静かに閉めていた。

 後半では、子ども達と話し合い2泊3日の自主運営キャンプにチャレンジした。日程を自分たちで作り、役割分担も話し合った。スタッフやリーダーは、安全面・衛生面で注意する以外は指示をあれこれしないようにした。戸惑いつつも、自分達で活動と生活を見事に運営していった。

 子ども達のふりかえり・感想文を見ると、多くのことを体験し、学んだということが伝わってきた。そして、自分たちではまだ意識しないかもしれないが、仲間と共に過ごした2週間の活動の一コマ一コマが一人一人の今後の人生のなかで役立っていくことだろう。

 子ども達の活動の様子を見ていて、子ども達は健全だと思った。また私や他のスタッフ、大学生のボランティア達も一様に感じたのは、「(子ども達は指示されないと何も出来ないと思っていたが)言われなくてもやれる力が充分ある」ということだった。そのほか、スタッフや大学生のボランティア達にとっても、子ども達と過ごした2週間のなかで、多くのことを学んだようだ。

 さらに言えば、受験戦争に振り回され偏差値重視型の教育を受け、経済的に豊かで束縛の少ない時代に生きてきた私の世代(30代)やその下の世代は、他者と関わりあうこと、自らのことを表現し話し合い納得しあっていくこと、力をあわせて目標を達成することなどが苦手な人が少なくないのではないかと思う。子ども達が一生懸命取り組む姿を見て、私自身いろいろなことを感じ、考えさせられ、また多くのものを学ぶことができた。こうした機会が与えられたことに大変感謝している。






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