| いのちの大切さを考える 〜こどもキャンプを通したワークショップ〜 |
| 第一回スタッフミーティング(平成16年4月23日) 参加者;ぽむ、じゅんちゃん、りょうちゃん、オオちゃん、前たん、さらむ、ゆんぼ、いっちゃかの8人 自己紹介の後、それぞれが生や死についてどのような考えを持っているかを順に話していこうと始まったものの、それぞれがどんなことを考え感じているかをざっくばらんに話していきました。以下、話しあった内容の一部です。 ・ 身体は死んでも意識は残ると思う(この意識は、生きているときの意識とはそれほど関係無い) ・ 生き物はなぜ生きているのか?繁殖のため?繁殖はなんのため?地球で起こっている全てのことの意味は? ← 個人が生を楽しんだり考えたりしているだけで、意味などない ← 生き物は遺伝子の乗り物という考えもある ・ 人間は学ぶために生きているのではないか? ← 教えるためでもあるのでは? ・ 疲れているときに何がきっかけでモチベーションが回復するか? ← リフレッシュ、いつと違う人との出会い。目の前のことだけに目を奪われるのではなく、違う視野が開けた つまり、刺激があることは大切だ! 学ぶ=刺激! ・ 学ぶ意欲がない人もいるのでは?そんな人にとって生きるとはどうゆうことか? ← 意欲がない人なんていない。冷めているように見える子供でも、実際色んなことに興味をしめす ・ どうして子供はうつ病にかかりにくいのか? ← 病気は、世間に「病気」というラベルを貼られるだけ。環境により病気なのかどうかは変わる 子供は違いを気にしないのではないか? だからこそ子供のうちから様々な人や物にふれることが必要なのではないか? ・ 人は(もっと)自由でよいのではないのか?それこそ生きることの心地よさだ! (南アフリカのひとや自閉症のひとが音楽を聴いたときに、まわりのことなど気にせずに踊ったり歌ったりしているのを見て感じたこと) ・ 自由には責任が伴う 責任…個人的なもの⇔社会的なもの ← 責任に自分をみいだす みんな責任をもつことを求めているが、個人個人が責任を感じているので失敗したときはみんなの責任でもある だからこそ、「謝ること」は大切 ・ 自分に出来ることをその場その場でやっていくことが大切 ← 出来ることは限られているのだから、それを分かったうえで一生懸命やっていれば、振り返ったとき「あぁ〜よかった」といえるようになるし、それでよい 些細なことでも心が楽になる ・ 本当の絶望感(自分が今やっていることが、何のためなのか分からなくなること)に陥ったことはあるのか?それはどんな時? ← 私は絶望好きです!? 自分が積み上げているものが何もないと感じたとき、胸がえぐられるような気持ちだった 今は「ぬるま湯社会」だから、あまりないだろう ← 先の見えない不安感で押しつぶされそうになった ・ どうやってそれを乗り越えたのか? ← 不安感に対する免疫ができた そのまま悩んでいたら、生命の危機に! 本能的に乗り越えた! 少しずつ余裕がうまれてきた(精神的にも) 急に変わろうとせず、少しずつ変わろうと思ったら楽になった 「くすぶり続けていればいい」とひとに言われた ← 悩む人の気持ちが分かるようになるから、悩むことが好き と、話は色々な方向に飛びまくったのですが… 結論はこんな感じだと思います 生きるとは、人として認められて心地よく生きることだろう。人として認められるにはまず、人として認めることが必要だろう。認めるためには色んなこと(死を含んだこと)を知ることが必要!そのために、ふれあうこと・話し合うことが大切 ワークショップでは… 子供に教えるのではなく、子供と一緒に考えるのでよい 子供たちが命について(生きることや死ぬことについて)考えるきっかけになればよい そのとき、子供たちが色んなことを受け入れられるように、遊びや話し合いを通して様々な命にふれてもらおう! 話しあった感じから、オオちゃんとりょうちゃんがPDのリーダーになって、2つのコースを作ってみようという流れになりました。その他イラク戦争のことなどに話はおよんだのですが割愛します。お酒を飲みながらだったこともあり、みんな本当に色々な想いを語り合いました。こんな風に想いをぶつけ合うことは、生きるために必要ですね☆ by いっちゃか |